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2016年6月26日日曜日

MBKのドリアンのせ餅米

MBKのドリアンのせ餅米

ドリアン自体、癖になる美味しさなのだが、このドリアンのせ餅米(カオニアオトゥリアン)は、さらに個性的食べ物といえる。
これは、ココナッツオイルで炊いた餅米に、完熟ドリアンとココナッツミルクをかけたものだ。ねっとり、とろとろの調和たるや、凄まじい完成度(?)かもしれない。
一食分で少々物足りないとき、仕上げにこれを食べると、満足感を得られること請け合いだ。
バンコク、2011年。

2014年2月1日土曜日

存在感のある犬


タイでは、悠然とした犬を見かけることが多い。放し飼いが普通なので、あまりちょこまかした性格は、交通事故で淘汰されてしまうのかもしれない。
妙に存在感を放つ犬を目にすることもしばしばだ。
ナコーンラーチャシーマー、2014年。

2014年1月31日金曜日

市場の野菜は新鮮だ


近年、スーパーで売られる野菜は、日本の値段とあまり変わらなくなってしまった。ところが、市場に入り込めば、まだまだ格安で売られている。そして、もちろん、新鮮そのものだ。
ナコーンラーチャシーマー、2014年。

2014年1月30日木曜日

サムローまで入りこんで来る


タイの市場歩きで注意するのは交通事故だ。買い物客用の通路にも、ときどきバイクが進入して来るからだ。
ぶらぶら歩いているときに、後ろにバイクがいて驚いたことなど、数え切れないくらいある。
通れさえすれば、サムローまで入りこんで来る。
ナコーンラーチャシーマー、2014年。

2014年1月29日水曜日

市場は人の交流の場


タイの市場は、人同士がとても密接に絡み合っている気がする。近くの売り場同士では、暇さえあればお喋りに興じているし、グループで食事をする姿もよく目にする。
タイの市場に懐かしさを感じるのは、人同士がシンプルに付き合える世界への憧れかもしれない。
ナコーンラーチャシーマー、2014年。

2014年1月28日火曜日

市場では中国正月の準備


コラートの市場に入っていくと、一際派手に輝いている一角があった。中国正月用品を売る店が並んでいるのだ。
2014年の中国正月元旦は1月31日。大晦日用のお飾りを売る店は、早くも商戦モードだ。
ナコーンラーチャシーマー。2014年。

2014年1月27日月曜日

コラートも朝は大渋滞


コラートも車が増えたようで、場所によって朝の道路は大渋滞だ。
この写真の車の列の先頭には、信号機がある。どうした訳か、信号が変わっても、あまり前には進まない。そのまた先の信号との、タイミングが悪いのだろう。
ナコーンラーチャシーマー、2014年。

2014年1月26日日曜日

旧市街東のナイトバザール


この夜は、東門近くのナイトバザールに足を延ばしてみた。
こちらのほうが規模は大きく、店の数も多い。暑くなく、寒くもなく、快適な夜の散歩が楽しめた。
ナコーンラーチャシーマー、2014年。

2014年1月25日土曜日

ソムタム・ムーヨー


同じソムタム屋に行ってみた。
この日の選択はソムタム・ムーヨー。ムーヨーとは、豚肉ソーセージの一種だ。
ナコーンラーチャシーマー、2014年。

2014年1月24日金曜日

屋台街のウクレレ教室


屋台食堂が集まる一角で、ウクレレ教室が開かれていた。
この日の練習曲は「カリフォルニアの青い空」。アルバート・ハモンドのボーカルでヒットした、懐かしい歌だ。
ナコーンラーチャシーマー、2014年。

2014年1月23日木曜日

列車でコラートに行くなら


旧市街南門近くに、タノンチラ駅というのがあった。
以前鉄道を使ってコラートに来たときは、ナコーンラーチャシーマー駅からずいぶん歩いた記憶がある。旧市街、またはその周辺に宿をとるなら、こちらの駅のほうが近いだろう。
ナコーンラーチャシーマー、2014年。

2014年1月22日水曜日

コラート旧市街の北門


東門の次に向かったのは北門だ。
ここはポンセーン門というらしい。ちなみに、西門以外は全て造り直されたもので、昔の面影が残されているのは、タオスラナリー像後ろの門だけらしい。
ナコーンラーチャシーマー、2014年。

2014年1月21日火曜日

コラート旧市街の東門


ナコーンラーチャシーマーの旧市街を散策してみた。
ずっと東へ行くと、堀が見えてくる。旧市街の東門は、「ポンラーン門」というらしい。門の外側は広い道路で、交通量も多い。
ナコーンラーチャシーマー、2014年。

2014年1月20日月曜日

旧市街西のナイトバザール


ソムタムを食べた後は、ナイトバザールに繰り出してみた。この日は、旧市街の西、タオスラナリー像の近くにあるナイトバザールへ。
他の場所に比べて規模は小さいが、地元の人を中心に賑わっている。
ナイトバザールがあると、夜の時間を持て余さなくてすむ。
ナコーンラーチャシーマー、2014年。

2014年1月19日日曜日

イサーンに来たらソムタムを


ナコーンラーチャシーマーは、入り口とはいえタイ東北部に位置する。ここはやはりソムタムで祝杯だろうと、夕食は迷わずにソムタム食堂で決まりだ。
ビールのほうは、ここにはLEOしかなかったが、主役はソムタムなので、こちらは何でも構わない。
ナコーンラーチャシーマー、2014年。

2014年1月18日土曜日

3年ぶりのタオ・スラナリー像


コラートのホテルに荷を解き、早速タオ・スラナリー像にお参りに行く。
夕暮れ時とあって、ライトアップされていたが、どうも以前と雰囲気が違う。それもそのはずで、ピンクを基調にした装飾になっているのだ。
ナコーンラーチャシーマー、2014年。

2013年12月13日金曜日

ナコーンラーチャシーマー市場外にて


おそらくどこの市場も同じと思うが、屋外の売り場のほうが場所代が安く、そのぶん商品も安く売られている。そのため、大量に仕入れる食堂などは、屋外で買い物をする傾向にあるようだ。
売り子も、お喋りをしながら、のんびりと客を待つ。
ナコーンラーチャシーマー、1992年。

2013年12月12日木曜日

ナコーンラーチャシーマー市場内にて


何処の街に行ってもも欠かさないのが市場探索だ。売っている物も興味あるが、その土地の活気や匂いが、肌で感じられる。
ナコーンラーチャシーマーの市場内は、落ち着きがあり、明るく小奇麗な印象だった。
ナコーンラーチャシーマー、1992年。

2013年12月11日水曜日

タオ・スラナリー像の前で


タオ・スラナリー像は、ホテルから歩いて10分ほどの距離にあった。スリヨータイと並び称されるタイ4大女傑の一人、モー夫人(タオ・スラナリー)の功績は、こんな風に伝えられている。
ラオス軍に攻め込まれ、その勢いにタイ軍が窮地に追い込まれてしまったときのこと。領主の妻であった夫人は、同士の女性を率いてラオス軍の陣地に乗り込み、兵士に酒をもてなし酔い潰してしまう。そして敵の戦力を殆ど不能にしておき、夫の率いる軍を招きいれ勝利に導いたという。その功績により、ラマ3世からタオの尊称を与えられた。
カラバオのヒット曲にも、彼女のことを歌った作品がある。
地元の英雄を称えるタイ人の気持ちの強さには、どこの街に行っても感心させられる。
ナコーンラーチャシーマー、1992年。

2013年12月10日火曜日

ナコーンラーチャシーマーへ立ち寄る


ウボンラーチャターニーからバンコクへの帰途、ナコーンラーチャシーマーに立ち寄った。ウボンからはバスを使ってみた。9:30に出発、ナコーンラーチャシーマー到着は16:00。バス代は184バーツ(約920円)。
ナコーンラーチャシーマーでは、バスターミナル近くにあったトウキョウホテル一泊380バーツ(約1900円)に宿をとった。この地は別名コラートと呼ばれるが、これはこの辺りの平原の呼称だそうだ。
また、この街の最高級ホテル、ロイヤルプラザの崩落事故があったのは、翌1993年のことだった。
ナコーンラーチャシーマー、1992年。