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2013年11月12日火曜日

バンコク中央駅東側 1989年


バンコクでの定宿だったステーションホテルから、バンコク中央駅フアランポーンの東側を撮ってみた。
現在この場所は、高架道路の入り口になっている。
バンコク、1989年。

2013年11月11日月曜日

バンコク中央駅 1989年


当時のバンコクでの定宿、ステーションホテルからは、バンコク中央駅フアランポーンを見下ろすことができた。
かまぼこ型の駅舎に出入りする人を眺めていると、時間の経つのを忘れた。
バンコク、1989年。

2013年11月10日日曜日

食材が並ぶ朝市


チェンラーイ大市場の周りには、朝早くから食材を扱う市がたつ。
特に、ワット・ムンムアン付近で売られる山の野菜が人気で、食堂の仕入れ用にまとめ買いする人が目立つ。
チェンラーイ、1989年。

2013年11月9日土曜日

土産物売りに転身


数年前、顔見知りになったメーサーイの写真少女が、土産物屋の売り子になっていた。
少女たちに衣装を貸して、彼女たちを管理するのはこの店だったことを思い出す。
「もう年だから引退したの」
と言う言葉には、苦笑するしかなかった。
メーサーイ、1989年。

2013年11月8日金曜日

家路に着く写真少女たち


メーサーイの「タイ最北の地」で働く写真少女たちは、殆どがビルマ側に住むシャン族の子どもたちだった。
夕方、仕事が終わると、普段着に着替えてビルマ側へ帰って行く。皆、どこにでもいるような、ごく普通の女の子だ。
メーサーイ、1989年。

2013年11月7日木曜日

閉められた国境も


タイビルマ橋の上にて。
当時、地元の人たちは、タイ・ビルマ間を比較的自由に行き来することができた。夕方、決められた時刻になると、国境のゲートは閉ざされてしまう。とは言え、人ひとりくらいなら通りぬけられる隙間があり、閉められる時間など大した問題ではないようだった。
写真のとおり、人間どころか、自転車まで持ち出すことができる。
メーサーイ、1989年。

2013年11月6日水曜日

タイビルマ橋の上から 1989年


以前、同じ場所から写したことがあるので、数年経ってどう変わったかを記録してみた。
右手タイ側に4階建ての建物ができているが、これはメーサーイコンプレックスというホテルで、現在も営業されている。この写真の10年ほど後から現在に至るまで、オーナーとは親しくさせていただいている。
メーサーイ、1989年。

2013年11月5日火曜日

ビルマからミャンマーへ


1989年6月、軍事政権により、ビルマの国名が対外的にミャンマーへと変えられた。
8月にメーサーイへ行ってみると、確かに「BURMA」から「MYANMA(MYANMARではなかった)」へと変更されていた。しかしタイ側では、変わらず「パマー」とよばれている。
メーサーイ、1989年。

2013年11月4日月曜日

高床式住居の娘さん


ランミット村を散策中、高床式住居にすむ家族に招き入れられた。
1杯の水をご馳走になり、娘さんの写真を1枚撮らせていただいた。なかなか正面を向いてくれないので、写真が嫌なのかと心配したがそうではなかった。単に照れ臭かっただけで、丁寧にお礼を言われ安心した。
ランミット村、1989年。

2013年11月3日日曜日

村の高床式住居


ランミット村で見かけた、タイではお馴染の高床式住居。
このような住まいには、いろいろな利点がある。まず、雨季の浸水を防ぐことができる。小動物の侵入の防御にもなる。そして暑季には床下で涼むことができる。
いずれもタイの自然に上手く対応した、実に素晴らしい住居なのだ。
この後、家に招き入れられ、コップ1杯の水をご馳走になった。
ランミット村、1989年。

2013年11月2日土曜日

ランミット村山岳民族の少女


ランミット村では、いろいろな山岳民族が生活している。名前通り、「ランミット(ルアムミット)=混ざる」の村なのだ。
写真の姉妹は、アカ族の少女だったと思う。
ランミット村、1989年。

2013年11月1日金曜日

土産物売りのカレン族の少女


ランミット村で土産物を売っている少女がいた。
カレン族女性の象徴である貫頭衣を身に着けている。彼女が着ている白色の衣装は、処女の証しとなる。カレン族は、貞操観念が強いと言われる。
ランミット村、1989年。

2013年10月31日木曜日

ゾウの村へ上陸


山岳民族とゾウが暮らすランミット村へ、ボートで遊びに行ったのは1989年3月のことだ。
川の水量が極端に少なく、途中何回も浅瀬に乗り上げてしまい、その度に乗客が川に降りてボートを押すという珍道中となった。
そのために、到着したときは、殆どの乗客はズボンを捲り上げている。
ランミット村、1989年。