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2018年10月22日月曜日

「バレンタイン」のラペッイエ


タチレク国境近くの喫茶店「バレンタイン」に立ち寄ってみた。
この店は、飲み物から定食(セットメニュー)まで揃っている。店内も清潔で、値段も高くはないので、タチレク散歩の帰りによく利用する店だ。
この日も、とりあえず注文したのが、ミャンマー風アイスミルクティー、ラペッイエだ。ミャンマー語は知らないが、「ペ」は有気音のようで、強く発音するとうまく通じてくれる。
ポットのお茶はお代わり自由なので、コップの下の方のお茶の部分を先に飲む。それに注ぎ足していくと、何杯か、楽しむことができる。最初に掻き回してしまうのは禁物だ。2杯目以降に、ミルクの味がしなくなってしまう。
タチレク、2013年。

2018年10月20日土曜日

タチレクの建設現場


タチレク散歩の途中で、建築作業中の現場に出くわした。
足場は、竹を組み合わせて造ってある。バケツに入れたセメントを、梯子を使ってリレーしている。動作がゆっくりしているのは、暑いから無理ができないのだろう。
タイで見る現場と変わらないが、作業を監督する人がロンジーを履いているのがミャンマーらしい。
タチレク、2013年。

2018年9月30日日曜日

タチレクの箒工場


タチレク散歩の途中、箒工場を発見した。工場とはいえ家内制手工業といったところ、まあ「箒を作っている家」くらいがぴったりした言い方だろう。
数人の工員(?)が、中で穂の部分を束ねて、それを外で干していく。残念ながら、柄をどうやって付けるのか、そこまでは見届けることができなかった。
タチレク、2013年。

2018年9月3日月曜日

タチレクのバナナ露店


タチレク散歩の途中、バナナを売る露店が目についた。
この豪快な並べ方はどうだろう。バナナ畑からぶった切ってきたバナナを、そのまま無造作に積み上げただけのように見える。
買った人は、このまま持ち帰るのだろうか。しばらく観察したが、あいにく買っていく客は現れなかった。
タチレク、2012年。

2018年9月2日日曜日

日本の中古車まだ現役


タチレクの街では、日本の中古車を良く見掛ける。チェントン行きのバス停に停まっていたこのバスも、車体に「Nihon Kotsu」と書かれている。
中古車といえば、日本からの中古自転車も、一時期、街中でたくさん売られていた。値段はどれも均一だった。程度によって値段を変えるのが面倒だったのだろう。おかげで、かなり程度のいい、ベルトドライブのメーカー品シティ車を買ったことがある。今はチェンラーイ知人宅に預けてあるが、故障もせずに使えている。
タチレク、2012年。

2018年9月1日土曜日

スイカがゴロゴロ


タチレク散歩の途中、街角でスイカ屋を見つけた。
いかにも無造作な置き方だ。トラックで運ばれたスイカを、山積みにして置いてあるだけのように見える。いくつか転がり出てしまっているものもある。
何日くらいで売り切れるのか、下の方に置いてあるものは、それまで保っているのだろうか。夜はどうやって管理しているのか。等など、ちょっと心配になってしまう。
タチレク、2012年。

2018年8月27日月曜日

「バレンタイン」の無料定食


メーサイからタチレク側に入って正面のロータリーをしばらく右手に進むと、「バレンタイン」という喫茶店がある。かなり大きな店で、食事メニューも充実している。ちょっと場違いなほどに洒落た店構えからか、地元の客でいつも賑わっている。
いつものタチレク散歩を終えて、お茶でも飲んで一休みしていこうかと店に入った。席に着くなり、ウエイトレスがメニューのページを開き、この中から選べと言う。そのページには定食のたぐいが並んでいる。
「いや、紅茶を注文したいんだけど…」
「今日はサービスです。食事をしてください」
詳しく訊いてみると、今日はバレンタインデーなので、店の名前に因んで、定食が只で振る舞われているそうだ。
そこで頼んだのが、ムスリム風チャーハンだ。鶏の唐揚げと焼飯、スープと付け合せ、デザートがセットになっている。
食事は安食堂で済ませた直後だったけど、せっかくだから完食した。メニューには値段も書かれていたはずだが、その数字ははっきりとは覚えていない。多分100バーツほどではなかったか。
タチレク、2012年。

2018年8月26日日曜日

タチレクのバレンタインデー


タイの滞在期間が切れるのが、ちょうど2月14日のバレンタインデーにあたった。
この日にタチレクに行ってみると、タイ同様、いやそれ以上に、街はバレンタインデー一色に見えた。
本業と関係なく、店先に花やぬいぐるみなどを置く店が多い。そんなに売れるものなのかと様子を窺っていると、意外にも客は多く、商売繁盛しているようだ。
もちろん、ミャンマーでもタイ同様、男性が女性にプレゼントを送る習慣になっている。
タチレク、2012年。

2018年8月22日水曜日

「タイ・ビルマ橋」国境は


タイ側メーサイとミャンマー側タチレクとの間、サイ川に掛かる橋は「タイ・ビルマ橋」と呼ばれている。
この国境線は、どうやら川の中心線に位置するらしい。おそらく川が国境になっている場所では、このような取り決めが多いに違いない。
この橋を初めて渡ったのは1983年のことだが、その頃に比べると随分と川幅が狭くなっている。理由は、両端から埋め立てが進んだからだ。最初はタイ側から埋め立てられ、その後はミャンマー側からの進出が目立った。
その結果、雨季の洪水が頻発するようになってしまった。
タチレク・メーサイ、2012年。

2018年8月21日火曜日

「SEVEN 9」があった


タチレクのロータリーを右に行ったところに、セブンイレブンならぬセブンナインがあった。
日本のセブンイレブンと言えば、当初は朝7時から夜11時迄の営業時間に因んだ名称だったので、ミャンマーのセブンナインの営業時間も7時から9時迄か、と思いきや、朝の8時から夜中の12時迄と記されている。
売られている物は、タイのセブンイレブンと変わらない。
店の色合いも何となくセブンイレブンに似ていて、散歩の途中、しばらく見入ってしまった。
タチレク、2012年。

2018年8月20日月曜日

タチレクのロータリー


タイ・ビルマ橋を渡ってミャンマーに入国すると、自称ガイドやら、日本人との友だち希望者やらの歓迎(猛攻勢)を受けるのだが、彼らは意外と淡白で、このロータリーに来るほどには追いかけてこない。
此処を左に行くと大した距離でもなく郊外になってしまうので、大抵は右に進むことになる。タチレクの町は、このロータリーから右側へ5kmほどまで続いている。
ビザなし旅行者は、確か国境から5kmまでの移動が許可されているはず。往復10kmは、ちょうど良い散歩コースになる。
タチレク、2012年。

2017年12月21日木曜日

バレンタインで一休み


メーサーイからタチレクに入ると、すぐにT字路にあたる。そこを東にしばらく行くと、右手に、この街としては小奇麗な食堂兼喫茶店が目に付く。その店がバレンタインだ。
外見の割りに値段も高くはないので、タチレク散歩の途中によく立ち寄った。
旅行者の行動範囲はボーダーから5kmと定められているので、この日もそのぎりぎりまで行っての帰り道だった。先ずは喉の渇きを癒やすミルクティー(現地語ではラペイエッと言う)。もともとテーブルに置かれているお菓子類は、食べた分だけ払えば良い。手を付けなければ、もちろん払う必要はない。ポットのお茶は、自由に飲むことができる。
さて、一休みしたら、チェンラーイに戻るとするか。
タチレク、2011年。

2017年12月20日水曜日

タチレクのパスポート発給所


この当時、メーサーイからミャンマー国タチレクに出ると、タイ国再入国時に30日の滞在が認められていた。ミャンマー入国時に10ドルまたは500バーツの手数料を取られるのだが、隣国にビザを取りに出る手間を考えたら、ノービザでタイに滞在する日本人にとっては実に有り難いことだった。
さて滞在延長にミャンマー側に入り、タチレクの街を散策していると、すごい行列に出くわした。上の看板からすると、パスポート発給所のようだが、タチレクからこんなにたくさんのミャンマー人が観光旅行とも思えない。
並んでいる人に尋ねてみると、外国で働くための書類をもらうのだ、とのこと。
チェンラーイ県では、たくさんのミャンマー人が働いているが、そのために必要な書類を申請・受領する人の列なのかもしれない。
タチレク、2011年。

2016年5月30日月曜日

タチレクのミルクティー

タチレクのミルクティー

タチレクの街を散策した後は、たいていこの店でミルクティーを飲む。
ボーダー前ロータリーの近くにある「Valentine」という店だ。この街では立派な店構えだが、大衆的なメニューで、地元の人でいつも賑わっている。
注文したのはミルクティーだけだが、温かいお茶が添えられてくる。ミルクティーは、底の方にミルクがたまっているので、掻き回さなければ飲み進むうちに甘くなってくる。そこを見計らってお茶を注ぎ足す。
皿のパンとお菓子は、テーブルにいつも置かれていて、良かったら食べて下さいというもの。いただけば、その分が勘定にのせられる仕組みだ。
ミャンマー国タチレク、2010年。

2016年5月29日日曜日

タチレクバスターミナル

タチレクバスターミナル

アカ市場の手前には、タチレクバスターミナルがある。
敷地の中には、このようなワゴン車が停まっていて、貸し切りでの利用客を待っている。大型バスは、ターミナル前、アジアハイウェイの路上に停められていることが多い。
ここからチェントンへ行ってみたいと思いながら、未だ果たせずにいる。
ミャンマー国タチレク、2010年。

2016年5月27日金曜日

タチレクアカ市場

タチレクアカ市場

タイ側メーサーイからノービザでタチレクに入国すると、ボーダーから5kmの範囲までの移動が認められているようだ。
アジアハイウェイを5kmほど行ったところにあるのが、このアカ市場だ。ここも地元の人御用達の市場で、傘の下では野菜果物、奥に見える建物では日用品が売られている。
ちょうどこのアカ市場を境に、この先は街並みが途絶え、いかにも郊外という景色に変わる。
ミャンマー国タチレク、2010年。

2016年5月26日木曜日

タチレクバーンコーン市場

タチレクバーンコーン市場

タチレク国境前のロータリーから右手に進み、北側の路地を入ると、地元の人向けの市場がある。売られている物は野菜や果物。奥には屋根付きの売り場もあり、そちらでは雑貨衣料などの日用品の殆どが扱われている。
ある日、この露店で珍しい商品を見つけた。葉っぱに包まれた、野球ボールほどの大きさの物だ。葉には繊毛が生えていて、中身を訊くと豆だという。もしかしてと思い、ひとつ見せてもらうと案の定、それは納豆だった。5つほどあったので、それを全て買い込んだ。
味は日本の納豆と殆ど同じ。やや粘り気が足りないが、箸でこねているとよく糸を引くようになった。
チェンラーイに戻り、知り合いの日本人に配ると、とても喜んでくれた。
この市場、街の人は「バーンコーン市場」と呼んでいる。
ミャンマー国タチレク、2010年。

2016年5月25日水曜日

道路工事前のタチレク


この数年後、国境から5kmほど、街のメイン通りとなるこの道で、大工事が始まった。道路の名称は、アジアハイウェイ2号線ということになり、整備を進める必要があったのだろう。
どのような工事になるかと見ていると、舗装道路の上にそのまま道路を重ねるように進められていった。よって、完成後は、道路が一段と高くなってしまっている。
誰が見ても、この2010年当時の道路の方が自然だ。
ミャンマー国タチレク、2010年。

2016年5月24日火曜日

タチレクの黄金寺院

タチレクの黄金寺院

タイ・ビルマ橋からタチレクに入って、ロータリーを右手に行くと、直ぐに目につくのがこの黄金寺院だ。
地図上での名前は、Tachileik Shwedagon Pagoda という。
その昔タチレクを訪れた時には気がつかなかったので、ここ数年のうちにできたものと思われる。名前の先頭にタチレクとつくのは、ヤンゴンにも同名のお寺があるからだそうだ。
なかなか立派なお寺で、上からの眺めも良かったのだが、あいにくそのときの写真が見当たらない。
ミャンマー国タチレク、2010年。

2016年5月23日月曜日

タチレクのロータリー


この年の2月9日、メーサーイからミャンマー国タチレクに出掛けた。
この国境が公式のものになって、タイから一度出国すると、再入国で30日の滞在許可が得られるのはとてもありがたかった。もちろんこれは2010年当時の状況で、2014年あたりからは、ここの出入国はとても厳しくなっている。
ミャンマー側入国管理を抜けると、いつも様々な人から大歓迎を受ける。現地人ガイド、タクシー運転手、なかには日本語を勉強したという日本人友だち募集中の人もいたりする。ただし彼らの勧誘はしつこくなく、首を振っていれば簡単に諦めてくれる。
その大歓迎の渦を抜けると、このロータリーに出会うのだ。
ミャンマー国タチレク、2010年。