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2013年8月22日木曜日

高層建築の見当たらないバンコク


ラマ9世通り付近。ホテルの部屋から街を眺めても、まだ高層建築は見当たらない。交通量も少ないが、道路の拡幅工事は行われていた。
この頃、1980年代半ばからの建築ラッシュは、まだ想像もつかなかった。まして、バンコクが大渋滞都市になるなど、全く予想もつかないことだった。
バンコク、1981年。

2013年8月21日水曜日

市場の露店食堂


市場の中では、テーブルと丸椅子を用意しただけの露店食堂をよく見かけた。客は、好みのおかずをご飯にのせて、食べているようだった。
何だか落ち着かないし、あまり清潔でないように感じて、とてもじゃないが食べてみようと言う気にはならなかった。
ところが、その1年半後、すすんでこういう店で食事をする自分がいた。
バンコク、1981年。

2013年8月20日火曜日

チャオプラヤ川の水量


高校の地理の授業のおかげで、タイの国土はメコンデルタによるものであることは知っていた。しかし地図上で見ると、川は青い1本の線にしかすぎない。この2本の線によって、こんな広大な土地がつくられたとの実感はなかった。
ところが実際のチャオプラヤ川を目の当たりにして、その水量には圧倒された。同行の友人と、
「これは海だね」
と言い合ったことを憶えている。
流れる水を眺めながら、この水量をもってすれば、相当な土木事業でもなし得るだろうと納得したものだ。
バンコク、1981年。

2013年8月19日月曜日

郊外のフルーツ売り場


タイ旅行での楽しみのひとつが、南国のフルーツをたっぷり味わえるということだ。
スイカ、バナナ、パイナップルなど、日本でもなじみのある物も格安だった。 バナナは小ぶりの、日本でモンキーバナナとして売られる種類が多かった。タイ語では「卵のバナナ」とよばれることを後に知った。
バンコクからパタヤへ向かう途中にて、1981年。

2013年8月18日日曜日

水辺の家並み


川に面して、長屋形式の建物が並んでいた。
船上から、川に密着した生活を垣間見ることができた。野菜を洗ったり、洗濯をしたり、水浴びをしたり・・・
ボートが岸近くを通ると波が打ち上げていく。住居まで浸水するのではないかと心配したが、当の住人達は、そんなことは全く意に介していないようだった。
バンコク、1981年。

2013年8月17日土曜日

滅多に泊まれない高級ホテル


オーキッドツアーが用意したパタヤの宿は、ロイヤルクリフビーチリゾートという、当時パタヤでは最高級のホテルだった。プールはもちろん、プライベートビーチまで利用することができた。
宿泊客は、欧米人、マレーシア人が多かった。
このホテルは、おそらく生涯最高の宿泊先となるだろう。
パタヤ、1981年。

2013年8月16日金曜日

ミゼットが健在だった


街を走る乗り物で驚いたのは、未だにオート三輪が走っていることだ。昔日本でも見かけたダイハツミゼットが、やたら元気に走り回っている。
トゥクトゥク・・・というエンジン音から、タイでは「トゥクトゥク」とよばれることを、後にタイ人から教えられた。
今のトゥクトゥクは、もう少し洗練されたデザインになっている。
バンコク、1981年。

2013年8月15日木曜日

やたらと見かける小市場


ちょっとした広場では、必ずと言って良いほど、誰かが露店を開いている。そういう集まりを市場とよぶなら、バンコクの街はそれこそ市場だらけと言っても良さそうだった。
バンコク、1981年。

2013年8月14日水曜日

頭の上にはタイ国旗


船着き場にて。
ココナッツジュースは、ほんのり甘く、香り良く、何より果肉も食べられるのが嬉しかった。一人では飲みきれないほどの量にびっくり。
同じくらいびっくりしたのは、頭上に飾られているものが、全てタイの国旗であったことだ。
バンコク、1981年。

2013年8月13日火曜日

物足りない水上マーケット


市内観光ツアーに組み込まれていた水上マーケットには、かなり期待していた。食べ物や日用品を売る小舟が群がっている光景を、楽しみにしていたのだ。
この期待は見事に裏切られた。実際は、観光客の乗った船に、1隻、2隻、土産物売りの小舟がやってくるだけのことだったのだ。
バンコク、1981年。

2013年8月12日月曜日

スネークファームにて


ツアーでの宿はマンダリンホテルだった。そのすぐ近くにあるスネークファームも、観光コースに入っていた。
ヘビつかいには群がっていた観光客も、コブラの血の試飲には、皆後退りしていた。
バンコク、1981年。

2013年8月11日日曜日

ドリアンも食す


小さな市場がやたらと目についた。街中だろうが郊外だろうが、買い物には、まず困ることはなかった。そんな市場で買ったドリアンは、聞いていたほどの臭みはなく、とろけるようで実に美味しく感じられた。
バンコク、1981年。

2013年8月9日金曜日

チャオプラヤ川


観光地はチャオプラヤ川沿いに点在していた。移動は小型のボートをつかう。
川から見える街並みには、まだ高層建築は見当たらなかった。
バンコク、1981年。

2013年8月8日木曜日

旧ドンムアン空港


旧ドンムアン空港は、まだとても規模の小さなものだった。国際線と国内線は、南北で隣接していた。新ドンムアン空港では、南北が入れ替わり、それぞれ随分立派な建物になってしまった。
国際線ロビーのあちこちには、「撮影禁止」の貼り紙があったことが印象的だ。
バンコク、1981年。

2013年8月7日水曜日

王宮にて


このときは「オーキッド・ツアー」というパックツアーを利用したので、水上マーケットやお寺など、バンコクの観光地を効率良く見ることができた。当時は、土地勘もなく、言葉も全くできなかったので、バスであちこち連れて行ってくれるツアーは、とても便利に感じられた。
見かける観光客は、タイ人と外国人が半々くらいだったように記憶する。
バンコク、1981年。

2013年8月6日火曜日

パタヤの沖合には


パタヤビーチのリゾートホテルにて。
沖合には米軍の艦艇が見える。この頃はまだ、米兵の遊び場として栄えた街の、名残りが感じられた。
パタヤ、1981年。

2013年8月3日土曜日

ラン島のパラセーリング


パタヤ海岸からラン島へ。定番のパラセーリング。
ラン島、1981年。

2013年8月2日金曜日

お寺巡りから始まる


タイとの付き合いは、ごく普通の観光ツアーで始まった。三島由紀夫の小説でも有名な「暁の寺」にて。
バンコク、1981年。

2013年8月1日木曜日

バンコクの街角は


ドンムアン空港からホテルに向かうバスの車窓より。
初めて目にするバンコクの街角は、思ったよりは清潔だった。バス停で待つ人の服装もこざっぱりとしていた。ゴミだらけで、もっと混沌とした街だろうという予想は、一応裏切られた格好だ。
その綺麗さが、表面的なものだけであることを知るのは、もう少し後になる。
バンコク、1981年。