ラベル チェンマイ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル チェンマイ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年5月26日火曜日

プラー・ブックがいた


チェンマイ水族館では、見ものはやはりプラーブック(メコンオオナマズ)だった。最大で3メートル300キロにまで成長すると言われる巨大ナマズだ。
ここには(当時)2匹いたが、まだ1メートルほどの小物だった。
チェンマイ、2009年。

2015年5月24日日曜日

世界最長のドーム型水槽


チェンマイ水族館のドーム部の長さ133メートルというのは、世界最長(当時)と聞いた。ベルトコンベアーにのって進んで行く。
チェンマイ、2009年。

2015年5月22日金曜日

チェンマイ水族館へ


2009年1月、まだオープンしたばかりのチェンマイ水族館に出掛けてみた。
このときの入場料は、大人一人外国人だと400バーツ、タイ人だと220バーツだった。
町の北西、ドイステープに向かう途中左側、チェンマイ動物園の中にある。
チェンマイ、2009年。

2014年12月16日火曜日

ドイインタノンのリス族村の朝


朝は霧がでて、視界はほとんど利かない。
「こんなところまで来てくれてありがとう」
「こんな素晴らしいところに連れてきてくれて、本当にありがとう」
本心だった。
電気もガスも水道もない。畑で作物を作り、豚を殺し、飼っている鶏やその卵を食べる。
自然のなかで生きる、人間の本来の姿を垣間見ることができたことに感謝したのだ。
この日の朝、タイ最高峰ドイインタノンの最高地に位置するリス族村を後にした。
メーチェム、2004年。

2014年12月15日月曜日

蝋燭の下で遊ぶ


夜は、焚き火を囲むように人が集まっていた。空の星は、とても近くに感じられた。井戸端会議ならぬ火の端会議は、焚き火が燃え尽きると散会になった。
寒い山で水浴びは辛いだろうと、知人家族は焚き火で大鍋に湯を沸かしてくれた。その温かさは、身体にも心にも沁みた。
電気のない村の子供たちには、テレビもゲームもない。それでも、蝋燭の火の下、追いかけっこやかくれんぼをして、楽しそうに遊んでいた。
メーチェム、2004年。

2014年12月14日日曜日

リス族衣装を着た少女


ドイインタノンのリス族村では、大人たちは街で普通に見掛ける洋服を身に着けていたが、子供たちは民族衣装を着ている子が多かった。
リス族の民族衣装は、色づかいがとても綺麗に見える。
電気のないこの村には、もちろんテレビもなく、「日本人だ」などと言っても、キョトンとされるだけだった。
メーチェム、2004年。

2014年12月13日土曜日

村には鶏と豚ばかり


ドイインタノン山中のリス族村では、豚と鶏ばかりが飼われていた。食を支えてくれる動物しかいないようだった。
村を訪れた晩、豚を一匹潰して解体してくれた。そのときはものすごい悲鳴が響き渡り、仲間が殺された豚たちは、いったん山に逃げ込んで姿を消してしまった。
ところが翌日には、何もなかったかのように、村に戻って来ていた。
メーチェム、2004年。

2014年12月12日金曜日

最高地にあるリス族村


この辺り、他にも山岳民族の村はたくさんあるのだが、このリス族の村が一番高所に位置するという。最後に移住してきたため、一番奥まった所にしか村を拓くことができなかったそうだ。
もちろん電気は通じていないのだが、このことを聞いていたおかげで助かったことがある。
実は、この村に着く直前、前後して走っていたソンテオとはぐれてしまったのだ。道は二手に分かれている。どちらの道も、村への入り口になっている。さてどちらの村か? 
左の道には電線があるが、右手には電線がない。電線がない方、右手に行ったら見事正解、目指す村に無事着くことができた。
メーチェム、2004年。

2014年12月11日木曜日

ドイインタノンのリス族の村へ


チェンマイに住む知人が里帰りするからと言うので、誘われるままに同行したのは、タイ最高峰の山ドイインタノンの山中にあるリス族の村だった。
「場所はメーチェム。大した距離ではないよ」
「じゃあ、昼頃に出ようか」
「いやそれはちょっと・・・なるべく朝早く出た方が良い」
大した距離でないと言うのに、どういうことだろうかと思いながらも、朝10時にドリーム125でチェンマイの街を出発した。
知人の家族も同行したので、彼らが乗ったソンテオと前後するようにバイクを走らせた。チェンマイ郊外の街メーリムを西に入ってからが大変だった。途中いろいろな村に立ち寄りながら行くため、山また山の連続、道はもちろん未舗装だ。
メーチェムといっても、標高2590mのドイインタノンを,、かなり上がった所に目指す村はあった。途中ガス欠もあり、到着したのは陽が落ちてから。約9時間の道程となり、十分に大した距離だった。
知人は、本当のことを話して同行を躊躇されることを危惧したのだ、と明かしてくれた。
写真は知人の家。親が村長ということで、 村の中でも際立って立派な建物になっている。
メーチェム、2004年。

2014年12月3日水曜日

ゾウも現金が好き


メーサー・エレファント・キャンプでは、サトウキビやバナナが、ゾウの餌として売られている。ゾウたちは、鼻を伸ばして器用にそれを受け取る。
サトウキビもバナナも、同じように喜ばれているようだが、20バーツ札など出したりすると、そちらを優先して取ろうとする。
食べ物よりも、現金のほうが好きなようだ。
メーリム、2003年。

2014年12月2日火曜日

メーサー・エレファント・キャンプへ


2003年には、日本からのお客さんを案内して、メーサー・エレファント・キャンプへ遊びに行った。
ここは、チェンマイ市街から車で30分ほどの、ちょうど手ごろな場所に位置している。
ゾウ使いで思い出すのは、2005年に公開された「星になった少年」という映画だ。映画では、ゾウ使いを目指す日本の少年が、タイのゾウ訓練センターで修行する場面も出てくる。「星になった少年」は、DVDで、タイ人の知人と一緒に観たが、訓練センターの仲間からの仕打ちには、一様に首を傾げていた。
メーリム、2003年。

2014年8月20日水曜日

チェンマイの裏道にて


チェンラーイからチェンマイへのドライブは、寄り道が多かったせいか、予定を大幅に遅れ、到着は昼過ぎになってしまった。
チェンマイでは、知人の親戚でパッタイ屋を経営する家族を訪問しただけ。話し好きのタイ人らしく、お喋りは延々と続き、陽がだいぶ傾くまで店で待たされる羽目となった。
何時頃に出発するか分かっていれば、勝手に近くを散歩でもするのだが、そんな予定を立てるのは苦手な人たちだから仕方ない。
チェンマイ、2014年。

2014年4月26日土曜日

ワローロット市場前


チェンマイの市場でも、ずいぶんたくさん写真を撮った憶えがあるが、1980年代のものは見つからなかった。かろうじて出てきたのが、1991年のこの写真だ。8月の、ワローロット市場東側を写したもの。
雨季は、商売も大変だろうと想像がつく。世の中のお金の循環も、さぞ滞ることだろう。
チェンマイ、1991年。

2013年11月27日水曜日

山岳民族の踊りショー


オールドチェンマイカルチャーセンターのカントークディナーには、ショータイムも組み込まれていた。いくつかの山岳民族のフォークダンスは、それぞれの民族衣装で踊られ、短時間ながらなかなか興味深いものだった。写真はリス族の踊りだ。
後年、チェンラーイで中国正月に山へ遊びに行き、リス族の村では、ほとんど1日中踊り続けているのに驚かされた。
チェンマイ、1990年。

2013年11月26日火曜日

カオテーンというお菓子


オールドチェンマイカルチャーセンターのカントークディナーで、日本の“おこし”のような食べ物が出された。
これは、お米を干した後、揚げて作った“カオテーン”というお菓子だ。やわらかい歯応えと、素朴な甘味は、懐かしい味わいだった。
チェンマイ、1990年。

2013年11月25日月曜日

チェンマイで食べたカントークディナー


一人旅が基本だったが、たまに気心の知れた友人が同行することもあった。1990年の北タイ巡りは、総勢3人と賑やかな旅となった。
チェンマイでは「オールドカルチャーセンター」なる場所で、カントークディナーを食べてみた。こんな贅沢は、まず一人旅では味わえない。
料理の中では、写真左下のハンレーが、特に美味しかった。これは、とろとろになるまで煮込まれた豚バラ肉に、豆、生姜が入ったカレーだ。
この料理は、後にチェンラーイの惣菜市場で発見し、飽きるほど食べることになる。
チェンマイ、1990年。

2013年11月24日日曜日

傘作りの工房


竹と紙で作られた傘は、チェンマイの特産品だ。
チェンマイ郊外の町ボー・サーンには、道の両側に、たくさんの小さな工房があった。カラフルな傘が、手作業で作られていく過程を、見学することもできた。
ボー・サーン、1990年。

2013年11月18日月曜日

サンカムペーンの中学生


チェンマイ市街から東へ、織物の町サンカムペーンを歩いてみた。ちょうど下校時間帯で、中学生の4人組に話を聞く。
着ている服が異なるのに、同じ学校だと言う。いくつか指定の服があり、どれを着るかは自由とのこと。織物の町だけに、自分で着る服にも関心が高いように感じた。
サンカムペーン、1990年。

2013年11月17日日曜日

竹と紙の町ボー・サーン


チェンマイから東へバイクを走らせると、やたらと番傘や扇の目立つ町に着く。何れも竹と紙で作られたもので、通りの両側にずらりと並ぶチェンマイの特産品は壮観だった。
当時は小さな工房もたくさんあり、手作業で作られる様子も見ることができたのだが。
ボー・サーン、1990年。

2013年11月16日土曜日

織物の町サンカムペーン


チェンマイ旧市街から、バイクを東へ走らせると、小さな町がいくつか点在しているのに出会う。
そのなかの一つ、やたらと織物の店が並んでいるのがサンカムペーンだった。タイ人客は、綿織物の生地を買って、パ一トウンと呼ばれる腰巻スカートを縫ってもらっていた。
サンカムペーン、1990年。