ラベル 1998年 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 1998年 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014年6月14日土曜日

リス族の母子


昔ながらの習慣を殆ど失ってしまった日本人からすると、リス族のこのような習慣が、親から子へ、何代までも続いていって欲しいものだと、単純に思ってしまう。
メーファールアン、1998年。

2014年6月13日金曜日

踊りの合間に


踊りの合間に、お腹が空けば食事をとる。食事が終われば、また踊りの輪に加わる。休んでは踊り、踊っては休む。
こうしてリス族の人たちは新しい年を祝い合う。
メーファールアン、1998年。

2014年6月12日木曜日

リス族の踊りは


中国正月の踊りは、中央のテーブルにお神酒を置いて、その周りで輪をつくって始まる。伴奏も踊りのステップも、ごく単純なものだった。
村長は、大晦日の夜から踊り明かすのだと教えてくれた。また、酒が入ると性質が悪くなる者もでてくるのだろう、踊りを見守る村長の足元には銃が置かれていた。
メーファールアン、1998年。

2014年6月11日水曜日

ドイメーサローンのリス族の村


ドイメーサローン付近には、リス族の村がいくつかある。Yさんの話を聞いて、翌1997年から、僕のリス族中国正月訪問が始まった。
バイクで村に乗り付けると、いきなり現れた日本人を、村人は当然のように歓迎してくれた。正月料理をすすめられ、コップには酒も注いでくれた。40度以上ありそうな強烈な焼酎と、日本で食べるのとあまり変わらないつきたての餅が印象的だった。
メーファールアン、1998年。

2014年6月10日火曜日

リス族の中国正月は


「リス族の中国正月はきれいだよ」
メーサイの餃子屋で台湾餃子をつまんでいるとき、そう教えてくれたのは、当時メーサイで借家住まいをしていたYさんだった。
民族衣装は、特別な行事のために大切にしまわれていること。色も彩やかなその衣装を着て、村人全員が輪になって踊ること。正月の間は、外来者も割りとたやすく受け入れてくれること。踊りの合間に大晦日についた餅を振る舞ってくれること、などを説明してくれた。
メーファールアン、1998年。