ラベル 2014年 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 2014年 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2022年11月26日土曜日

2014年ピッサヌローク


ナーン川では水上住宅が見られた。

 

2014年10月12日日曜日

タイからの輸入品が通る


タチレクで売られている物は、タイから運び込まれたものが圧倒的に多い。
輸送コストを抑えるためか、荷台が傾くほどたくさん積まれている。これで倒れたりしないのかと心配になるが、案の定、路上に荷物を撒き散らしてしまった現場を見たこともある。
タチレク、2014年。

2014年10月11日土曜日

タチレクのCD屋


タチレク国境近くには、コピーCDが溢れかえっている。音楽CD、カラオケVCD、映画DVDなど、どれも格安だ。根気良く探せば、思いがけない掘り出し物に出会ったりもする。ただし、ジャンル分けなどされてなく滅茶苦茶に陳列されているので、欲しい物を探しだすには、相当な根気がいる。
タチレク、2014年。

2014年10月10日金曜日

修行中の少年僧たち


2014年のカオパンサー(入安居)は7月12日だった。この少年僧たちも、3カ月後の満月の日まで、寺での修行に励む。
オークパンサー(出安居)は10月8日になる。
タチレク、2014年。

2014年10月9日木曜日

路上フルーツ屋


分量からしたら、スイカ一つ丸ごと買ったほうが安上がりだろう。ところがそうたくさん、スイカばかり食べられるものではない。 しかも旅行者は、ナイフなど持ち合わせていないこともある。
そんな事情から、路上で商売するフルーツ屋台は、とてもありがたい存在なのだ。ちょうど1人分くらいをカットしてくれて、ビニール袋に入れてくれる。しかも格安だ。
タチレク、2014年。

2014年10月8日水曜日

空き地はセパタクロー場


これまた、タイでも良く見掛ける光景だ。空き地では、セパタクロー遊びが行われている。さほど広い場所も必要としないし、蹴鞠一つで10人ほどが遊べる。
昔の日本で言えば、三角ベースボールのようなものだろうか。でもセパタクロー遊びは、大人も子供も一緒になって楽しんでいいる。
タチレク、2014年。

2014年10月7日火曜日

スヌーカークラブを見掛ける


タチレクの街では、このようなスヌーカークラブを良く見掛ける。おそらく、庶民の気楽な遊び場になっているのだろう。
そういえば、昔はタイの地方にも、こんなスヌーカークラブが多かったように記憶する。
タチレク、2014年。

2014年10月6日月曜日

市場建設中


タチレクのバーンコーン市場跡地で、昨年から建築工事が始まっている。これが新市場になるそうだが、おそらく近代的な市場に生まれ変わることだろう。
場所代が上がれば価格にもはね返ってくると思うのだが、地元の人の暮らしに直結する市場なだけに、物価がどうなるか少々心配になってくる。
タチレク、2014年。

2014年10月5日日曜日

市場は路上で仮住まい


タチレク国境近くの市場(現地の人はバーンコーン市場と呼ぶ)は、一昨年閉鎖されてしまった。売り場を失った商人は、旧市場近くの路上で商売をしている。
市場は、整備されて再開されると聞いているが、それまで困るのは商人だけではない。買い物のほとんどを市場で調達する、地元の人もさぞ大変なことだろう。
タチレク、2014年。

2014年10月4日土曜日

寺には茶色が多い


タイで寺院の敷地に入ると、黄色・黄金色が目立つことが多い。僧衣の色は黄色だし、寺の建物はたいてい金ピカだからだ。
ところが、ミャンマー国タチレクに入ると、これが少々変わってくる。まず僧衣は、タイよりはるかに渋い茶色。そして寺の建物も、茶色が多く使われているからだ。
タチレク、2014年。

2014年10月3日金曜日

タチレクの車は右側通行


ミャンマーはイギリス領だった名残で、人は左側、車は右側通行になる。
頭では分かっているのだが、なかなか身体が反応してくれない。日本でも、タイでも、その反対なのだから、仕方ないと言ってしまえばそれだけのことだ。
ミャンマー側に立ち入る度に、横断のときなど、いまだに冷やっとすることがある。
タチレク、2014年。

2014年10月2日木曜日

タチレクの果物屋


タチレクで売られている物は、そもそも北タイのそれとあまり変わりはない。果物も例外でなく、ミカン、マンゴスチン、ブドウ、リンゴ、竜眼などが店頭に並ぶ。
仕入先の段ボールを見ても、タイと中国から輸入されているのが分かる。
タチレク、2014年。

2014年10月1日水曜日

タイ・ビルマ橋を渡ると


タイ・ビルマ橋を渡り、ミャンマー側タチレクに入ると、先ずはこの三差路のロータリーにあたる。
と、書いてしまうのは簡単だが、実はここに来るまでには、厄介な障害をくぐり抜けなければならない。それは、橋のたもとに、数えきれないほどの現地人がたむろしていて、観光客と見ると盛んに声を掛けてくるのだ。「タクシーいりませんか」、「観光ですか? ガイドしますよ」、「日本語勉強しています。何処行きますか?」、「置き屋行きませんか?」等など。
見ず知らずの人間に、こんなに歓迎してもらえる場所は、他にはあまり思い当たらない。
タチレク、2014年。

2014年9月30日火曜日

タイ・ビルマ橋上の国境


タイ国メーサーイとミャンマー国タチレクの間を流れるサーイ川の国境線は、川のちょうど真ん中と聞いたことがある。橋の上でも、ちょうどその辺りで国旗が切り替わる。
写真の僧侶は、タイからミャンマーへ、ちょうど国境辺りを歩いていることになる。
因みに、タイの僧侶は写真のように黄色の僧衣を纏っているのに対し、 ミャンマーの僧侶はもっと濃い色の茶色の僧衣だ。
タチレク、2014年。

2014年9月12日金曜日

山車はお寺に散って行く


7月10日午後、チェンラーイろうそく祭りパレードが出発した。
各団体は、お寺の名が書かれたプラカードに先導され、パレード終了後はそのお寺に散って行くという。
チェンラーイ、2014年。

2014年9月11日木曜日

ろう細工は手作りで


ろうそく祭りの山車に乗る物は、ほとんどがろうで作られている。巨大なろうそくや花までも、手作りの作業でされていた。
チェンラーイ、2014年。

2014年9月10日水曜日

ろうそく祭り前夜祭


ろうそく祭り前夜祭は、7月9日夕刻から始まった。
北タイ古典舞踊から始まり、僧侶の読経へと進む。
この時期良くある夕立もなく、空の月はほぼ満月。
チェンラーイ、2014年。

2014年9月9日火曜日

チェンラーイのろうそく祭り


何年振りかで、7月のチェンラーイを訪ねることができた。この時期の最大の行事は、何と言っても入安居(カオパンサー)だ。雨季の間、僧侶が寺に籠って修行を始めることを祝う仏事だ。
それに因んで、7月10日、ろうそく祭りのパレードが行われた。
山車に乗っている物は、ほとんどろうそくのろうでつくられている。
チェンラーイ、2014年。

2014年8月22日金曜日

バミー・チェンラーイ


もう30年以上前になるが、初めてチェンラーイに来たとき、地元の人に教えてもらったのがこの店「バミー・チェンラーイ」だ。ラーメンが美味しい老舗という情報だった。
場所は時計塔交差点にあり、小さい店だが客が多いで良く目立つ。味の方は、確かに麺には歯応えがあり、出汁のきいたスープは美味しかった。
しかし、当時から老舗ということは、いったい営業何十年になるのだろうか。近年、量のわりに値段が高めになっているのが残念だ。
チェンラーイ、2014年。

2014年8月20日水曜日

チェンマイの裏道にて


チェンラーイからチェンマイへのドライブは、寄り道が多かったせいか、予定を大幅に遅れ、到着は昼過ぎになってしまった。
チェンマイでは、知人の親戚でパッタイ屋を経営する家族を訪問しただけ。話し好きのタイ人らしく、お喋りは延々と続き、陽がだいぶ傾くまで店で待たされる羽目となった。
何時頃に出発するか分かっていれば、勝手に近くを散歩でもするのだが、そんな予定を立てるのは苦手な人たちだから仕方ない。
チェンマイ、2014年。