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2014年6月9日月曜日

美女のメニュー


通りにメニュー表を置いた食堂は良く見掛けるが、この店は美女の写真を貼り出していた。
昼の散歩だと、呼び込みもいないので、こんな店もゆっくり鑑賞することができる。
パタヤー、1997年。

2014年6月8日日曜日

パタヤー昼の繁華街


こういう繁華街は、昼に歩くほうが観察しやすい。夜は気が散ってゆっくり歩けない。
パタヤーでは、バンコクの繁華街とはまったく違った雰囲気を味わうことができる。
パタヤー、1997年。

2014年6月7日土曜日

パタヤーの海


初めて行った1981年頃のパタヤーは、まだ海もきれいだったと記憶している。
その後、経済発展とともに海は汚れていった。しかし浜辺の整備や下水道工事がされ、この頃には、またきれいな海がよみがえってきていた。
パタヤー、1997年。

2014年6月6日金曜日

パタヤーの船着き場から


生まれてからずっと海のある市に住んでいるせいか、タイに来ても、わざわざビーチリゾートで遊びたいという気持ちは希薄なようだ。それでもパタヤーへは、数年おきに出かけている。
バンコクから行きやすいこと、海あり繁華街あり食も遊びもさまざま、いわば非日常の世界にふれることができるからだ。 しかしそれ以上に、1981年に初めて訪れて以来のパタヤーの変遷を確認していきたいという好奇心によるものが大きいかもしれない。
パタヤー、1997年。

2014年6月5日木曜日

スリクルンホテルより駅前広場を望む


昨日投稿したパノラマ画像の、右側に付くはずの写真がこれになる。どうも画角が合わないので、この写真だけ付けることができなかった。
ほぼ中央に見える古びた建物が、当時バンコクでの定宿として良く利用したステーションホテル(集成旅社)だ。地下鉄工事のため、建物が削られて小さくなってしまったが、今も変わらず営業されているようだ。
右下には船着き場がある。ここからバンランプーや、乗り換えてプラトゥーナムまで、ボートで行くことができた。
バンコク、1997年。

2014年6月4日水曜日

スリクルンホテルより駅方面を望む


スリクルンホテルから写した2枚の写真を張り合わせて、パノラマ風にしてみた。右手のかまぼこ形が中央駅、左にある運河は水路としてボートが運行されていた。
高層建築もぼちぼち建ち始めているが、まだまばらで、今とは比べようもないだろう。
バンコク、1997年。

2014年6月3日火曜日

プラカードには


ろうそく祭りパレードにて。
二人の「男子(確認済み)」高校生が持つプラカードには、幻想的パレード、と書かれている。意味は不明だ。
チェンラーイ、1997年。

2014年6月2日月曜日

電線が引っ掛かる


ろうそく祭りの山車に、長い竿を持った人が付き添っているので、何だろうと見ていたら・・・写真のとおり、電線を持ち上げる役だったのだ。なるほど、他のパレードと違って、背の高いろうそくを載せていれば、街中の電線に引っ掛かってしまうだろう。
ろうそく祭りならではの光景といえる。
チェンラーイ、1997年。

2014年6月1日日曜日

ろうそく祭りタイ舞踊の山車


音楽を奏でる山車があれば、こちらの山車はタイ古典舞踊の踊り手を乗せている。
発進、停車のたびに、バランスを崩さないかと心配になってくる。
チェンラーイ、1997年。

2014年5月31日土曜日

ろうそく祭り楽隊の山車


ろうそく祭りのパレードには、いろいろな山車が参加していた。
写真のものは、少年少女楽隊を乗せた山車だ。北タイの古典音楽を奏でながら、ゆっくりと山車は進む。
チェンラーイ、1997年。

2014年5月30日金曜日

ろうそく祭りの山車


7月の入安吾にあわせて、ろうそく祭りのパレードが行われた。山車にも、ろうそくを模った巨大な物(本体は不明)が設置されている。
3カ月後の出安吾まで、寺では僧侶が泊まりがけで修行する。
チェンラーイ、1997年。

2014年5月29日木曜日

ろうそく祭りのドラムメジャー


1997年には、チェンラーイでろうそく祭りに居合わせた。
やはりサーマキー高校のマーチングバンドが先導するが、この年のドラムメジャーはもちろん新顔だ。すらりとした美人であることに変わりはないが、歩く姿勢の美しさは際立っていた。
チェンラーイ、1997年。

2014年5月28日水曜日

ナイトバザールのテーブルクロス売り


1997年、チェンラーイのナイトバザールも、すっかり定着した感があった。
各露店も営業を続けていることから、赤字にならない程度には売れているのだろう。
チェンラーイ、1997年。