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2014年5月27日火曜日

ローイクラトンパレードのドラムメジャー


ローイクラトンパレードは、サーマキー高校のブラスバンドが先導していた。チェンラーイ市内の行事では、大抵この学校のブラスバンドが参加するようだ。
この日のマーチングバンドを仕切る、ドラムメジャーを撮らせてもらったのがこの写真だ。
チェンラーイ、1996年。

2014年5月26日月曜日

ローイクラトンの綺麗どころ


ローイクラトンのパレードにて。
山車に乗らずに、歩いてパレードに参加している女性も、もちろん美人揃いだった。車上の女性が「ミス学校」クラスなら、歩きの女性は「ミス学級」といったところだろうか。
チェンラーイ、1996年。

2014年5月25日日曜日

ローイクラトン夜のパレード


灯篭を流した翌日、街ではパレードが行われた。
学校や企業、地区ごとに山車が用意され、それぞれの団体を代表する綺麗どころが、着飾って山車に乗る。
写真は、チェンラーイでも有名な進学校、サーマキー高校の山車だ。
チェンラーイ、1996年。

2014年5月24日土曜日

ローイクラトン灯篭売り


ローイクラトンの夜、川辺に続く道沿いには、灯篭を売る露店がたくさん出ていた。
注意して見ると、灯篭売りは老人と子供が多いようだった。後に、タイ人にそのことを話すと、「弱い立場の人から買うことで、徳を積むことができるから」と説明された。
チェンラーイ、1996年。

2014年5月23日金曜日

陰暦12月の満月の夜


陰暦12月の満月の夜、ローイクラトンのお祭りが行われる。雨期の終わり、川の水量も増し、川の女神に感謝を捧げるために、人びとは川に灯篭を流す。
お祭りが近づくと、街の有線放送では、軽快な「ローイクラトンの歌」がひっきりなしに流される。
写真は、チェンラーイのコック川に通じる遊歩道だ。街の賑やかさと、灯篭が流される川の厳かとも言える静かさの対比が印象的だった。昔ながらの風情がまだ残っていた1996年の チェンラーイで、ローイクラトン祭りを知ることができたことを幸運に思っている。
チェンラーイ、1996年。

ローイクラトンの歌
 12月の月が満ちる日 水も川岸まで満ちています
 私たち 男女とも皆 灯篭流しの日を楽しみ合います
 灯篭を流します 流します 灯篭を流します 流します
 一緒に灯篭を流したら 杯と共に あなたを踊りに誘います
 灯篭流しの日の踊り 灯篭流しの日の踊り
 功徳は私たちに 心の幸せを授けます
 功徳は私たちに 心の幸せを授けます (Wansuk訳)

2014年5月22日木曜日

子連れ仕事は当たり前


チェンラーイハンドクラフトセンターにて。
仕事場に子供を連れてくるのは、タイではごく当たり前のように見掛ける。周りの大人も別段気に掛ける様子もないし、子供の方も邪魔するでもなく親の仕事を大人しく見守っていることが多い。
「託児施設がないと・・・」などという言葉が、莫迦らしく思えてくる。
チェンラーイ、1996年。

2014年5月21日水曜日

ハンドクラフトセンターにて


チェンラーイ市街から北へ向かう国道沿いに、ハンドクラフトセンターができていた。
ここでは、工芸品作製の実演が見学できるほか、展示販売もされている。このときは、まだ知れ渡っていないためか、見物客は他に見当たらなかった。
チェンラーイ、1996年。

2014年5月20日火曜日

北タイ伝統服の売り子


チェンラーイナイトバザールで、北タイ伝統衣装を売っていた売り子。
自らも山岳民族風の衣装を着ている。インド系の血をひいているのか、エキゾチックな顔立ちが印象的だった。
チェンラーイ、1996年。

2014年5月19日月曜日

新しい生ビール


この写真は、チェンラーイのナイトバザール、現在のステージの辺りから撮ったものだ。
一番目立つ所に、カールスバーグの看板が設置されている。看板には、「新しい生ビール」と書かれている。
今でこそ生ビ-ルはタイでもごく普通に飲まれているが、一般的に浸透し始めたのは、この1996年ごろからだったような気がする。
試しに頼んでみたら、グラスの上までビールが注がれ(泡が全くなく)、面食らった覚えがある。訊くと、「泡を入れたら失礼でしょ」との答えだった。
チェンラーイ、1996年。

2014年5月18日日曜日

アイスキャンディ売りが来た


暑季のメーサーイは、とても暑くなる。暑いときには冷たいものを。
台車を曳いたアイスキャンディ売りが現れると、とたんに子供たちが群がってくる。ボーダーで仕事中の写真少女も、稼ぎを握りしめてとんできた。
メーサーイ、1996年。

2014年5月17日土曜日

メーサーイプラザゲストハウスよりタチレクを望む


メーサーイの川沿いには、いくつかのゲストハウスが並んでいた。なかでもメーサーイプラザゲストハウスは、山の斜面にバンガローが点在していることから居心地が良く、長期滞在者も圧倒的に多かった。
写真の手前の川が国境だ。その先にひろがる街並みは、もう隣国ミャンマーになる。
メーサーイ、1996年。

2014年5月8日木曜日

最後の写真少女たち


1980年代半ばから、メーサーイボーダー付近を彩ってくれた写真少女たち。実は1996年のこの頃が、人数は一番多かったのではないかと思う。そして低年齢化も進んで、ローティーン中心、あるいは10歳前後の子も多く混じっていた。
そして、最盛期のこの年を最後に、彼女たちの姿は全く見られなくなった。知り合いの日本人の話では、少女売春を連想させるので禁止になった、とのことだった。
メーサーイ、1996年。

2014年5月7日水曜日

暇な時間は水遊び


暑季真っただ中、内陸のメーサーイは、凄まじい暑さに襲われる。ボーダーを訪れる観光客も少なく、時間を持て余した写真少女たちが、国境の橋の下で水遊びに興じていた。
着飾っていた衣装を脱ぎすて、無邪気に遊ぶ姿は、やっぱり普通の子供たちと変わりない。
メーサーイ、1996年。

2014年5月6日火曜日

ナイトバザールの織物売り


チェンラーイナイトバザールで見掛けた、織物売りの娘さん。
写真を撮りながら、誰かに似ているなあと。定宿のメーコックビラに戻って、1970年代の日本のポップスを聴いて思いだした。南沙織さんに似ている。
チェンラーイ、1996年。

2014年5月5日月曜日

ナイトバザールの造花売り


チェンラーイナイトバザールのステージ正面奥には、長屋形式の売り場も設置されていた。
こちらは場所代も高額になるので、衣料品やお茶など、資金が必要になる店が目立った。売り子の身形も現代風だ。
チェンラーイ、1996年。

2014年5月4日日曜日

ナイトバザールの小物売り


この頃から、チェンラーイナイトバザールも、それらしいものに整備されてきていた。
それでも、店は地べたに茣蓙を敷いただけの簡素なものが多く、 商品も手作りの小物などが多かった。
チェンラーイ、1996年。

2014年5月2日金曜日

売れっ子写真少女


1996年3月にメーサーイのボーダーを訪れてみたら、写真少女たちのなかに懐かしい顔を発見した。
モデルの需要が飛びきり多かった、かつての売れっ子だが、しばらく見ないので、引退したと思っていた。案の定、一時辞めていたのだが、最近復職したと言う。
もちろん、詳しい事情を訊くようなことはしなかった。
メーサーイ、1996年。