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2014年5月11日日曜日

ステーションホテルの部屋


当時のバンコクでは、ステーションホテルを定宿にしていた。この宿は、ホテルというより、漢字で集成旅社と書くほうが相応しい。
カーテンを見て分かる通り、決して清潔とは言えず、古びて怪しげな雰囲気さえ漂っていた。ところが慣れてくると、そんなことは気にならず、広くて通風も良く、それなりに快適に過ごせてしまうようになるから不思議だ。
何より駅前で移動は楽。中華街にも侵入しやすく、夜はソムタム屋台も出没してくれるのだ。
(ビデオから切り取ったので、画像が荒れてしまいました)
バンコク、1987年。

2013年10月22日火曜日

温泉の卵屋


バーンドゥで偶然見つけた温泉だが、まだそれを利用した入浴施設はなかった。そのかわり、小さな建物でゆで卵をつくっていた。
おそらく、この熱はもったいない、何かに使えないものかと、考えた末のものと思う。もしかすると、日本の温泉卵をヒントにしたのかもしれない。
チェンラーイ、1987年。

2013年10月21日月曜日

温泉が湧き出ている


チェンラーイからメーチャンへ行く途中、ドゥ-村市場付近で「温泉」の立て札を発見した。
矢印に従って進むと、ほどなく硫黄臭が漂ってくる。一見溜め池のように見えるが、確かに温泉が湧き出ていた。
こんな温泉を見て興味を持つのは日本人くらいだろう、と思っていたが、後年この場所に見事な温泉施設が建設されることになる。
現在の「PONG PHRABAT HOT SPRING」の、昔の姿だ。
チェンラーイ、1987年。

2013年10月19日土曜日

乗るはずの飛行機が


急ぎの用があったので、4月29日のチェンマイーチェンラーイ便をリクエストしたがすでに満席。仕方なく、バスでチェンラーイに到着。今度は帰りの便の予約でタイ航空のオフィスにいくと、顔見知りの職員が緊張した面持ちで、
「しばらく飛行機は飛ばないだろう」
と言う。
「空港に行けば理由は分かる」
早速空港に行ってみると、前日にリクエストした飛行機が、滑走路から外れて横たわっているではないか。しかも落ちたばかりのホヤホヤ、まだ湯気が立ち上っていそうだ。確かにこの飛行機をどかさなければ、滑走路は使いものにならないだろう。
見物のタイ人たちの集団に入っていくと、一人が事故の様子を説明している。
「落ちたのを見たんだ! 3回はずんで火花を散らしながら止まったんだ」
身振り手振りを交えて、唾を飛ばさんばかりの熱演だ。
誰かが、乗客はどうなったんだと言うようなことを尋ねる。
「救急車が来て運ばれて行った」
もしかすると、僕も病院送りになっていたかもしれない。頭の中では、007ジェームズボンドのテーマが鳴り響いている。席がとれなかったことが幸いしたようだ。
新しい見物人が来ると、先ほどのタイ人がまた得意そうに、
「落ちたのを見たんだ! 3回はずんで・・・」
彼は来る人来る人、全員に説明しているようだった。
チェンラーイ、1987年。

2013年10月18日金曜日

ナイトバザールのお菓子売り


チェンマイのナイトバザールに追い付け、とばかりに開かれたチェンラーイナイトバザールだけに、地元の人の熱の入れようも相当なものだったようだ。
夜の早いチェンラーイの街も、夜更かしをする人が目立つようになった。
肝心の売り上げのほうは厳しいようだったが、どの売り子も精一杯めかしこんで張り切っていた。
チェンラーイ、1987年。

2013年10月17日木曜日

できたばかりのナイトバザール



宿のおばさんから、チェンラーイにもナイトバザールができたことを教えられた。
場所は、時計塔から東へ行き、南へ入る路地の一帯だ。おばさんは、
「チェンラーイも、チェンマイと同じになった」
と誇らしげだったが、ほんの100mほどに、日用品を売る露店が並んでいるだけ。客も当然地元の人ばかりだ。もっともこの頃は、チェンラーイにはまだ外国人観光客は少なかった。
これは、試しに開いてみただけのナイトバザールだったようで、 ほんの一時期のみで閉鎖されてしまった。
チェンラーイ、1987年。

2013年10月16日水曜日

プールを独り占め


チェンラーイでは、相変わらず自転車でリリーパークに遊びに行くことが多かった。
この広々とした公園が賑わうのは、学校がひけてからのほんの一時。子どもたちが下校途中に寄っていくのだ。
それ以外の時間帯は閑散としている。プールもこのとおり、独り占めの状態だ。
チェンラーイ、1987年。