北タイの街角から
2019年迄で、連続訪タイが途絶えてしまいました。記事の更新も、以降は休止しています。
2018年7月5日木曜日
パヤオ湖のお寺「ワット・ティロークアーラーム」
パヤオ湖に浮かぶ小さな島にあるお寺が、「ワット・ティロークアーラーム」だ。そこに祀られている仏像は、パヤオ湖の湖底から引き上げられたものとのこと。
ボート乗り場から持ってきた、バケツに入った小魚を、ここで放してお参りを済ませた。
どういう経緯だったかは知らないが、湖の底に眠っていた仏像だけに、特別な徳を積めたような気分になってくる。
パヤオ、2012年。
2018年7月4日水曜日
パヤオ湖に浮かぶ島
スコータイを後にして、チェンラーイに戻る途中、パヤオに立ち寄ってみた。
パヤオといえば、クワーンパヤオ(パヤオ湖)周辺が見どころになる。
僕たちが最初に観光したのも、パヤオ湖に浮かぶ島だ。ここには湖から引き上げられた仏像が祀られていて、地元の人からも「神聖な島」と崇められているという。
何故真っ先に行ったかと言うと、他の地を訪れたら真っ先にお参りをする、というタイ人の習慣に倣ったものだ。
どうしてもタイ人と行動を共にすると、先ずはお寺巡りというパターンが多くなる。
さて、貸し切りボートは、仏像らしきシルエットが見える神聖な島に近付いていく。
パヤオ、2012年。
2018年7月3日火曜日
スコータイ遺跡
タイ国の歴史は、スコータイ時代から始まるとされている。
1982年発行、「宝島スーパーガイドタイ」によると…
スコータイ時代は、13世紀前半にタイ族の首長が、アンコールから派遣されてそれまでこの地を支配していたクメール族の太守を破って成立した。
そして第3代ラームカムヘン王の時代に勢力を拡張して、現在のラオスやビルマの地にまで及んだとされる。
その後14世紀後半に、新興王国アユタヤの属国となり、15世紀には併合されて、王都スコータイの歴史は終わる。
スコータイ、2012年。
2018年7月2日月曜日
遺跡巡りは自転車で
ピッサヌロークで一泊した翌朝、スコータイ遺跡を見物した。
有名な観光地だけに、観光客は朝からいっぱいだ。殆どはタイ人観光客のようだ。
概してタイ人は、寺院や遺跡は、朝一番に観光する傾向にある。一日の初めに訪れることで、その地を敬う気持ちを表しているのだと聞く。そんなことからも、朝のスコータイ遺跡は、タイ人が多かったのかもしれない。
観光バスで来た人たちの殆どは、貸し自転車を利用していた。
タイ人2人、日本人3人の我がグループは、レンタカーで遺跡巡りを楽しんだ。
スコータイ、2012年。
2018年7月1日日曜日
オーワンティン・サイ・カイ
ピッサヌロークでの朝食は、揚げパンを売る屋台でとった。
いつもの朝食のように、飲み物は豆乳にしようと思っていたら、地元の人が飲んでいるメニューに目がいった。聞いてみると、オーワンティン・サイ・カイというものだ。文字通り、卵が入ったオーワンティンだ。
オーワンティンとは、タイで良く見掛けるココアのような麦芽飲料で、これは良く知っている。しかし、それに卵、しかもタイ人はあまり口にしない生卵を入れて飲むのは、初めて見た。
あまり一般的ではないのだろう、と訊いてみると、
「昔からあるさ。普通に良く飲まれているよ」
混ぜ込んで飲んでみると、卵が半熟のようになって、なかなかいける。
ピッサヌローク、2012年。
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