2013年8月31日土曜日
2013年8月30日金曜日
2013年8月29日木曜日
2013年8月28日水曜日
2013年8月27日火曜日
ノーンカーイの人たち
ノーンカーイで出会った人たちは、皆人懐っこかった。ふらりと立ち寄った食堂でも、必ずあれこれ話しかけられた。時には、従業員だけでなく通りがかりの人まで巻き込んで、当時はまだ珍しかった日本人の周りに輪ができるほどだった。
ノーンカーイ、1983年。
2013年8月26日月曜日
2013年8月25日日曜日
2013年8月24日土曜日
2013年8月23日金曜日
2013年8月22日木曜日
高層建築の見当たらないバンコク
ラマ9世通り付近。ホテルの部屋から街を眺めても、まだ高層建築は見当たらない。交通量も少ないが、道路の拡幅工事は行われていた。
この頃、1980年代半ばからの建築ラッシュは、まだ想像もつかなかった。まして、バンコクが大渋滞都市になるなど、全く予想もつかないことだった。
バンコク、1981年。
2013年8月21日水曜日
2013年8月20日火曜日
チャオプラヤ川の水量
高校の地理の授業のおかげで、タイの国土はメコンデルタによるものであることは知っていた。しかし地図上で見ると、川は青い1本の線にしかすぎない。この2本の線によって、こんな広大な土地がつくられたとの実感はなかった。
ところが実際のチャオプラヤ川を目の当たりにして、その水量には圧倒された。同行の友人と、
「これは海だね」
と言い合ったことを憶えている。
流れる水を眺めながら、この水量をもってすれば、相当な土木事業でもなし得るだろうと納得したものだ。
バンコク、1981年。
2013年8月19日月曜日
郊外のフルーツ売り場
タイ旅行での楽しみのひとつが、南国のフルーツをたっぷり味わえるということだ。
スイカ、バナナ、パイナップルなど、日本でもなじみのある物も格安だった。 バナナは小ぶりの、日本でモンキーバナナとして売られる種類が多かった。タイ語では「卵のバナナ」とよばれることを後に知った。
バンコクからパタヤへ向かう途中にて、1981年。
2013年8月18日日曜日
2013年8月17日土曜日
滅多に泊まれない高級ホテル
オーキッドツアーが用意したパタヤの宿は、ロイヤルクリフビーチリゾートという、当時パタヤでは最高級のホテルだった。プールはもちろん、プライベートビーチまで利用することができた。
宿泊客は、欧米人、マレーシア人が多かった。
このホテルは、おそらく生涯最高の宿泊先となるだろう。
パタヤ、1981年。
2013年8月16日金曜日
ミゼットが健在だった
街を走る乗り物で驚いたのは、未だにオート三輪が走っていることだ。昔日本でも見かけたダイハツミゼットが、やたら元気に走り回っている。
トゥクトゥク・・・というエンジン音から、タイでは「トゥクトゥク」とよばれることを、後にタイ人から教えられた。
今のトゥクトゥクは、もう少し洗練されたデザインになっている。
バンコク、1981年。
2013年8月15日木曜日
2013年8月14日水曜日
2013年8月13日火曜日
物足りない水上マーケット
市内観光ツアーに組み込まれていた水上マーケットには、かなり期待していた。食べ物や日用品を売る小舟が群がっている光景を、楽しみにしていたのだ。
この期待は見事に裏切られた。実際は、観光客の乗った船に、1隻、2隻、土産物売りの小舟がやってくるだけのことだったのだ。
バンコク、1981年。
2013年8月12日月曜日
スネークファームにて
ツアーでの宿はマンダリンホテルだった。そのすぐ近くにあるスネークファームも、観光コースに入っていた。
ヘビつかいには群がっていた観光客も、コブラの血の試飲には、皆後退りしていた。
バンコク、1981年。
2013年8月11日日曜日
2013年8月10日土曜日
2013年8月9日金曜日
2013年8月8日木曜日
2013年8月7日水曜日
2013年8月6日火曜日
2013年8月3日土曜日
2013年8月2日金曜日
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