2015年3月27日金曜日
踏切に列車が来る
バンコク市内の路線バスに乗っていたときのこと。
踏切の前後が渋滞していたら、バスに限らず車は踏切手前で待つのが当然でしょう。それをバスの運ちゃん、前に詰めてしまったのだ。まあ列車など殆ど来ないので、いつもそのようにしていたのかもしれない。ちょうど線路の真上で停車。
ところが、想定外のことは意外と頻発するもので、しばらくして来ない筈の列車の到来を告げる音が。さすがに車中全員ざわめき立った。
運ちゃんが窓から叫ぶ。勿論、僕も反射的に扉近くまで移動、いつでも飛び降りる準備に入っていた。機転を利かせた車掌が飛び降りて、前の車を少しずつ移動させ、危機一髪、バスも乗客も難を逃れることができた。
踏切を見る度に、 未だにこの体験が想い出される。
2015年3月20日金曜日
グレート上海で北京ダックを食す
2005年8月は、友人二人とバンコクで待ち合わせて、「グレート上海」という店に北京ダックを食べに行った。BTSプロムポン駅前にあるこの店は、当時のお気に入りで、人数が揃うとよく通ったものだ。
ダック肉の野菜炒めとスープを添えて、ビールを少し飲んでも、一人500バーツほどと格安だった。安くて美味ければ客も入り、時間帯によってはほぼ満席の状態が続いた。
最近は、値上がりしたこともあり、ちょっと足が遠ざかっている。
バンコク、2005年。
2014年12月17日水曜日
幼稚園児の送迎
2004年の一時期、知人(タイ人)家族に頼まれて、その家の娘さんの幼稚園送迎を頼まれた。
初日に学校に迎えに行くと、厳めしい顔をした女性教師が、児童の送り出しを担当していた。彼女は、初めて見る日本人らしき男に警戒したのか、ちょっと強張った言い方で、「身分証明書を見せて、ここにサインをして・・・」と事務的な手続きを要求した。
帰ってから知人家族にその様子を話すと、「人さらいが多いから」。
顔を覚えてくれてからは教師の表情も和らぎ、むしろ親しげに話しかけられるようになって、世間話の相手までさせられたりした。
写真は朝の会に向かう児童たち。上級生の指導で整列させられる。
チェンラーイ、2004年。
2014年12月16日火曜日
ドイインタノンのリス族村の朝
朝は霧がでて、視界はほとんど利かない。
「こんなところまで来てくれてありがとう」
「こんな素晴らしいところに連れてきてくれて、本当にありがとう」
本心だった。
電気もガスも水道もない。畑で作物を作り、豚を殺し、飼っている鶏やその卵を食べる。
自然のなかで生きる、人間の本来の姿を垣間見ることができたことに感謝したのだ。
この日の朝、タイ最高峰ドイインタノンの最高地に位置するリス族村を後にした。
メーチェム、2004年。
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