ある日、チェックインしたばかりの日本人の女性グループが、僕のテーブルのバナナを見ている。「ここで採れたものです、よかったらどうぞ」と言うと、一房すべて持って行ってしまった。日本では、採れたてのバナナを食べる機会など、めったにないのだろう。
翌日の昼、部屋掃除を終えた使用人のおばさんが、僕に昨日のバナナを見せる。チェックアウトした部屋のゴミ箱に捨てられていたそうで、少しゴミも付いているようだ。おばさんは「勿体無い」と言う。一房10本以上あるのに、食べたあとは2本だけ。おばさんの寂しそうな目を見ながら、僕は黙ってバナナを受け取った。
食べきれる分だけ持っていけばいいのに、と最初は腹が立ったが、いやいや、もしかすると予定を変更して、早めにチェックアウトしたのかもしれない、と思い直すことにした。それならば、部屋に残されていても仕方ないだろう。旅人にとっての予定は、未定でしかないのが常。
捨てられたバナナは、翌日までに完食した。 使用人のおばさんは、いつもと変わらず、今度はパパイヤを届けてくれた。
チェンラーイ、2000年。