2014年10月24日金曜日

捨てられていったバナナ


メーコックビラの庭の一角には果樹が植えられていて、収穫物は常連客に振舞われた。旅人は熟していく果実を見やりながら、あと何日で食べられるか、もう少しチェックアウ トを延ばそうか、などと言い合ったものだ。あるときは経営者の奥さんが、あるときは使用人のおばさんが、何も言わずに部屋の前のテーブルに置いていってくれる。
ある日、チェックインしたばかりの日本人の女性グループが、僕のテーブルのバナナを見ている。「ここで採れたものです、よかったらどうぞ」と言うと、一房すべて持って行ってしまった。日本では、採れたてのバナナを食べる機会など、めったにないのだろう。
翌日の昼、部屋掃除を終えた使用人のおばさんが、僕に昨日のバナナを見せる。チェックアウトした部屋のゴミ箱に捨てられていたそうで、少しゴミも付いているようだ。おばさんは「勿体無い」と言う。一房10本以上あるのに、食べたあとは2本だけ。おばさんの寂しそうな目を見ながら、僕は黙ってバナナを受け取った。
食べきれる分だけ持っていけばいいのに、と最初は腹が立ったが、いやいや、もしかすると予定を変更して、早めにチェックアウトしたのかもしれない、と思い直すことにした。それならば、部屋に残されていても仕方ないだろう。旅人にとっての予定は、未定でしかないのが常。
捨てられたバナナは、翌日までに完食した。 使用人のおばさんは、いつもと変わらず、今度はパパイヤを届けてくれた。
チェンラーイ、2000年。