2013年9月19日木曜日

ビルマへわたる橋


タイ側メーサーイからビルマ側へわたる橋を、地元の人はタイ・ビルマ橋とよんでいた。橋の北側にあるこのアーケードをくぐると、そこはもうビルマ領だった。
ビルマに初めて立ち入ったのは1983年2月のことだ。当時、まだ国境は開かれてなく、もちろん公式に入国した訳ではない。
外国人は、川にかかる橋の上までは行くことができた。橋では、ビルマ人の物売りが、古切手とか日本軍の軍票を見せてくる。ヒョウの皮が700バーツ(約7700円)で売られている。しばらく見ていると、600バーツにまけると言われた。
男も女もロンジーという腰巻をつけ、 女は頬にタナカという黄色い粉をつけている。ビルマ側の様子を窺っているうち、どうしても橋の向こう側、ビルマに入ってみたいという気持ちを抑えられな くなってきた。駄目でもともと、
「日本からの旅行者です。ちょっとこの辺りを見たいのですが」
「OKだ。カメラだけ置いていくように」
道路はまだ舗装されていなかったと記憶している。橋から100メートルほど歩くとT字路に突き当たった。そのまま右に行ってみると、喫茶店のような店でビルマ人がお茶を飲んでいる。雑貨屋のような店もある。売っているものは、タイとほとんど同じようだ。 あまり深入りするのも気が引けたので、すぐに引き上げることにした。
当時の記録を見ても、ビルマへ入った、としか書かれていない。車が右側通行だったことも、ほとんど車が走っていないこともあり、タイへ戻ってから気が付いたほどだった。
消化不良のような結果だったので、次にメーサーイを訪れたとき再チャレンジ。今度はもっと奥まで入り込んでやろうと気負って行ったのだが、橋のたもとであっさり立ち入り拒否されてしまった。
メーサーイ、1985年。